あいまいミーイング♪ 続いちゃった
 



  ◇ おまけ ◇



例えば、今にもほろほろと崩れそうな土手の縁から下る斜面、
いわゆる“のり面”があったとして、
真下にある住宅地や施設から何らかの防災処置をという陳情があっても、
昨日まで大丈夫だったのだからとか、土地の持ち主さんが再三の召喚要請に応じてくれないとか、
そんな甘えたことばかり言って、なかなか尻を上げないくせに。
その土手が明日にも降るだろうゲリラ豪雨で景気よく崩れてくるよりも
よほどに確率の低い代物、
もしかしたら、まさかとは思うが、万が一にも、
政府要人へ危害を為す存在となろうかもしれぬ要素や事案へは、
まだまだ誰も気づいてなんぞいないのに、
うるさいくらいの催促や、聞えよがしの圧力を振りかざし、
早急に対処したまえと言って来るのが何ともはや。

  “何処の誰とは言いませんがね。ええ、どこの官僚筋がとまではね。”

彼らの仲間内の少年たちが休日を共に過ごしていた折、
何処の誰とも判らぬ人物の異能により、人格を入れ替えられるという椿事に遭ってしまったようで。
だがまあ、彼らの身近には異能力を無効化できる人物がいるのでと、
その人本人へも内緒の仕儀、
ちょんと触れてもらって戻れるんじゃないかなんて軽い考えの下、
お互いの職場へ事情は隠したまま出社したところ、
一番親しくしている人にはさすがにあっさりとバレてしまい、
何をやっているのだかと苦笑を向けられつつも元に戻れて一件落着…と仕舞うはずが、

 『そんな異能者を放置しておくのは感心しない。』

という趣旨のお達しが届いた。
どこかへ報告した覚えはなかったが、
こういう話は意外な場所で意外な存在が情報を取集しているものならしく。
少年らがいたと思われるレンガ倉庫広場近辺で、
似たような被害を訴える存在も少なくはなかったことから、
藁にもすがるつもりでこちらの様子を窺ってた誰かが
運よく(?)嗅ぎつけた…といったところかと。
他にも被害が出ており、
しかも寝て起きれば戻ってたというようなお手軽な代物ではないらしく、
太宰のような異能無効化の能力を持つ者が対処して
やっと解決している例が異能特務課へ報告されてもいたそうで。
ただ、被害に脈絡がないところから、
今のところはただの愉快犯か悪戯のレベル、どこぞかの一味の宣戦布告とも思われぬ。
そんな能力者が居るってこと、良からぬ筋に知られる前に、
あんたがたにも被害があったのも何かの縁、
目立たぬように収拾しちゃってくださいなと。
割とぞんざい、そうと見せかけて早めのお手当て望むという依頼が
例によって軍警経由で探偵社へもたらされたので、
関係者の一角がポートマフィアの人間だったこともあり、
勝手に合同であたっての、この顛末というわけで。
問題の少女は、異能特務課の捜査担当者に預けられ、
自分が引き起こした事案の処理を手伝ってから、
措置施設に収容されて、その異能を制御する訓練を受けるそうである。
太宰が結構な脅しをさりげなく囁いておいたので、
勝手に飛び出してしまう恐れはなさそうで、

『せめて、時限型くらいのが繰り出せるよう調整が出来れば、
 諜報課あたりからお呼びがかかって有効な使い方も出来ようからね。』

まだまだ十代の少女だ、いくらでも伸びしろはあろうよと、
明るい将来図を語ったところで今回の突発的特殊任務は終了となり。
じゃあな、ではねと、それぞれに帰宅の途に就いた。
勿論のこと、人格が入れ替えられていた3人ほどは、
誰かさんの異能無効化によって ちゃんと元の器へ戻されており、

 「……。」

その段取りへ、自身の異能を供したのが、
相変わらずの蓬髪も男の色香となってその美貌へ愁いの影を落とす、
うら若き軍師、智謀の司令官こと太宰治氏。
当事者への説得もとどこおりなく、
連絡を受けてやった来た担当者への引き渡しも済んでいて、
事案も無事に片付いて万々歳のはずが、
何とはなくご機嫌斜め…というか、どこか消沈気味の体でいる。

 それというのも、
 つい先程、それは鮮やかな背負い投げで床へと叩き伏せられた身だからで。

ある意味、からかってやろうという いけない心持ちがあったからこその顛末だったのに。
愛し子を通して逆に手玉に取られたようなところが面白くないと感じてか、
凛々しい眉がちょっとばかり寄せられての曇っておいで。
事情を知らない特務課の担当官へは、それは愛想よく対していただけに、
その態度からの落差は少なくはなく。
自宅へ向かう車中のずっと、口数も少ないままの彼だったのへはとうに気付いていたものの、
ハンドルを握っていた芥川としてはなかなか取り成す切っ掛けが掴めずで。
というのも、

「…太宰さん?」

中原の構えた意趣返し、あの彼にしては巧みな仕儀がまんまと当たってのこととはいえ、
最後の最後に自身がちょっと興に乗ってしまった感は否めない。
自宅へ到着してもなお、何とも口を開かぬままでいる師匠なのへ、

「あの…すみませんでした。」

いくら “やや異常事態”のさなかだったとはいえ、
選りにも選って敬愛する師匠を、何の脈絡もないまま背負い投げて仕舞ったのは、
今になって振り返ると考えなしも甚だしかったかも。
しかも、まだまだやれるぞと煽られて それへ応じるようなお返事もしており。
体術には無縁と思っていたものが、ああまで鮮やかにこなせた興奮あってのこととは言っても、
思わぬ恰好で他でもない師匠様に恥をかかせてしまったことへ、ただただ恐縮する彼であり。

「え?」

日頃はキリリと冴えて冷淡なほどという双眸の、
眉根と目尻を揃えて引っ張り下げての傷心顔。
すっかりと項垂れてしまっている愛し子なのへ、
実は今やっと気づいたらしい、長身の美丈夫師匠様。
何へ謝られているのかにさえピンとこなかったほど ぼんやりしていたものが、
あっと口許を真ん丸に開くと、
揺すり起こされたような反応で深色の双眸をパチパチと瞬かせ、
やっとのことで正気に戻る。

「ああ、いや。こっちこそ済まなかったね。
 何と言っても敦くんが一番辛かったろうし、そうなるとキミも心苦しかっただろうに。」

そして、何と言っても自分がお調子に乗ってしまってただけのことという自覚はある。
まさかに中也がああまで頭が回るとは思わなんだ油断がいけないと、
あくまでもそういう持って行きようをするところが性懲りもないお人で。
だがだが、呆然としていたのは主にそんなせいなのであり、
こちらの愛し子がしょんもりとしょぼくれてしまっているのを見て、
ああいかんと大急ぎで我に返った模様。

「キミがお元気だったのと、それは嬉しそうだったのは何を置いても重畳だ。」

意外なことまで勉強していたのだねと、感心しての笑みを見せ、
ほらほら、そんなお顔しないでと、
居間のソファーへ並んで腰かけ、行儀の良い両の手をふわりと形よく広げ。
その狭間に壊れものでも守るかのようにして、黒髪の青年の白いお顔を囲って見つめる。
短く削がれた前髪の下、日頃は硯石のように淡とした色しか見せない双眸が、
今は柔らかな潤みを載せて深みのある漆黒をたたえており。
冷酷な爆破行為とそれに連なる殺人とで指名手配犯であるにもかかわらず、
自分へはそれは従順な眸をする実直な彼であり。
複雑な事情から齟齬を抱えたまま離れ離れとなっていた間に、
あどけなかった風貌がちょっとばかり凛と冴えはしたものの、
まだまだ精悍とまでは呼べぬ嫋やかさ。
怨嗟に尖っていたころの荒みように比べれば、含羞みに視線が泳ぐ拙さが何とも愛おしく。

 「ただ、あんなきらっきらしたお顔、どうせならその顔の上に観たかったなぁ。」

それは巧妙に自分の体へこの青年の心を誘導し、
刷り込んであった柔術の投げ技の要領を引き出して見事に発揮させた中也であり。
自分でも意外な出来だったのへ喜色満面となったのは間違いなく“芥川青年”なのだが、
いかんせん、感激にほころんでいたのは、
顔をつき合わせるごとに憎まれを吐き合う元相棒のそれだったものだから。
そこがどうにも惜しまれるのだよと、太宰はやや大仰に肩を落とす。
もう失われたものへの思い入れ、熱く語られてもそればかりは如何ともし難くて。

 「…。」

こちらも困ったように眉間を曇らせておれば。
そんな態度こそが何にか響いてだろう、向かい合う兄人が頼もしい手を伸べて来て、

 「なに、また機会があればその時こそ逃さぬようにすればいいさ。」

だから落ち込まないでと言いたいか、だとしたらいつの間に立場が入れ替わってしまったやらで。
あれれ?と思わぬでもなかったものの、
よしよしと慰めるよに頬を撫でてくれる手のひらの優しさは格別だったので。
まあいっかと丸め込まれることにした芥川だったりし。
こちらからもおずおずと、相手の手へ頬を押し付けて見せたれば、
おおおと鳶色の眸を見張ったお師匠様。
まだまだ細っこい肩を引き寄せての懐へと掻い込み、
至極ご満悦なお顔になってくださったそうな。



 to be continued. (17.06.15.~)





BACK/NEXT